7月7日、8日と2日間、岐阜県東濃地方のヒノキ材伐採現場および木曽ヒノキ備林へ行ってきました。
2日間現地の状況を見てまわり、森と木材と林業について、業界の現状など、多くの学びがありました。
【一日目 東濃ヒノキ伐採現場 見学】
伐採現場に入るとまず、目に入ってきたのは木や重機を運搬するために作られた林道。
足元に残る雨のぬかるみと相まって歩くのも一苦労。。 この日、35度近くの気温ということもあり、傾斜地でもある林道を歩いているだけで体力が削られていく感覚になりました。
林業は他の多くの業界と比較して、労働災害による怪我や死亡事故の発生率が高い業界として知られています。このように足場が悪い傾斜地で汗を流しながら作業員の方々が危険を伴う作業を行っていただくお陰で、私達のような木材加工業者がヒノキを加工することができる・・・
心から感謝したい気持ちになりました。



足場の悪い林道と対照的に美しく手入れされたヒノキの美林。東濃ヒノキは、美しい木目、薄いピンクの色味、優れた耐久性、香りが特徴です。特に、年輪が緻密で、反りや狂いが少ないため、建築材として高い評価を受けています。タニハタでも一番使用量の多い木材です。
スタッフのお話しを聞いていると特にこの地域は、多くの方々が長い時間をかけて間伐、枝打ちなど手入れされてきたヒノキの森とのことでした。
長い時間をかけて人の手で管理されてきた人工林の美しさ、ヒノキから漂う香り、木から聞こえる多くの鳥の声・・
そんな空気の中に佇んでいると体から吹き出す汗がスッーと引いて、日本人として誇らしい気持ちになりました。


森の中では、若い作業員の方による間伐作業が進められており、テンポよく伐採されていく様子は見ごたえがありました。
隣ではプロセッサと呼ばれる大型機械が、倒した木の枝払い・玉切りを行っており、その効率の高さに驚かされました。
林業は怪我の多い業種ですが、こういう高性能林業機械を使いこなすことにより、作業の効率を高めながら作業員の方の怪我を減らすことができます。先日、50キロの木材を運ぶことができるドローンを別の産地で見ましたが、こういう高性能林業機械の開発をぜひ国の施策で行ってもらえるとありがたいです。
ただ、伐採の見極めや機械の刃物、安全管理など現場のスタッフの職人的作業も重要な作業になりますので、機械と人の作業バランスが重要かと感じました。

現場で印象的だったのは、100年を超える太さのヒノキの伐採作業。ベテランの方がチェンソーで丁寧に切り込みを入れ、楔を打ち込み、方向を見極めて木を倒す──その一連の作業は、まさに職人技。

ミシミシと木が軋む音、森の中で反響するその音の存在感。12mもの木が地面に倒れた瞬間の、身体に響くような衝撃音。これは、スピーカー越しでは決して伝わらない、林業の仕事の音でした。
東濃の山の土壌には特徴があり、上層は黒土、下層は赤土。その間を水が通るため、根は浅く、栄養が届きにくい環境。そのため成長は遅いものの、年輪の詰まった美しい木目が形成されるのだそうです。
以前、屋久島に樹齢数千年の杉を見に行ったときに説明員の方からお聞きした「屋久島は、花崗岩(かこうがん)できており、堅い岩山のために木が成長するための養分が少なく、気温の低い気象条件と相まって木が数千年の時間をかけてゆっくり育つ。だから年輪の詰まった美しい屋久杉ができるのです」 そんな言葉を思い出しました。木が美しく育つには、厳しい環境も必要ということでしょうか。
今回は動画撮影も行いましたので、近いうちにYouTubeで伐採の様子をアップしたいと思います。


午後は、東京大学教授の青木賢治先生による講義「中大規模木造の実現と地域材の利用」を受講しました。
2000年の建築基準法改正以降、木造建築に対する制限が性能基準へと変わり、木造による中高層ビルの可能性が一気に広がりました。
木を一番多く使う業種は、やはり「建築業」。今まで強度が弱く、燃えるとされて敬遠されてきた「木材」「国産杉」を鉄筋コンクリートや鉄骨だけではなく、建築の骨組み、内外装に使うことで林業の仕事が大きく変わります。
実際には、鉄筋コンクリート(RC)とのハイブリッド構造や、CLT(直交集成板)などの新素材、さらには住宅用金物を活用した新しい工法(PWA、KI)などが登場し、より実用的な中大規模木造の実現が進んでいます。
日本の木を建築、ビルで使うという考え方は、林業と建築の新しい可能性を生み出していると感じました。また、CO2の排出が少ない木材・バイオマス資源の活用は地球温暖化対策の観点からも重要なキーワードと言えます。
【二日目】
研修2日目は、岐阜県東濃地方の国有林「木曽ヒノキ備林」へ向かいました。
木曽檜の名が世に知られるようになったのは、伊勢神宮の遷宮用材の産地に選ばれた14世紀中ごろから。
それ以降、日本各地のお城・神社仏閣など幾多の建造物の用材として使われました
木曽ひのきは、伊勢神宮式年遷宮など日本の歴史的建造物に欠かせない貴重な資源を育んでおり、「林野庁」が管理しています。
通常はこの森への立ち入りが制限されており、一般の企業はなかなかこの森に入ることはできません。
特別の許可をいただいて、3台の自動車で深い森の中に入っていきました。

車で向かう山道は狭く、中に入るまで鍵のかかった3つの鉄のゲートで厳重に道が管理されていました。
砂利道、落石が散らばる場所もあり、自動車で通るにはかなり大変な場所で、途中、携帯電波も繋がらなくなり少し不安な気持ちに。。
車を降りてからは専門ガイドの解説を受けながら徒歩で進みました。
かつて森林鉄道が通っていた跡を歩きつつも、斜面の滑りやすさに注意が必要な場所もありました。 背の高い広葉樹も見かけましたが、周囲のヒノキに負けじと高く伸びている姿が印象的でした。今はヘリコプターで木を運搬することもあるそうですが、使用機がロシア製のため、ウクライナ情勢の影響も感じられるというお話もありました。


歩道は一見、整備されていますが、場所によっては手と足の三点歩行でないと歩けない急斜面も。うっかり歩くと滑落の危険もあります。ヘルメットは必須で予想以上に大変な道筋でした。

道の折り返し地点には、樹齢約1000年、胸高直径154cmの2代目大ヒノキがそびえ立っていました。初代大ヒノキは950年の樹齢を誇り、昭和29年に伐採されました。太く堂々とした根元から、途中で細くなる特徴的な形状をもち、建材としては不向きなため長く山に残ったと考えられています。
この木が育った時代は、平安時代の枕草子が書かれた頃。まさに歴史の生き証人とも言えます。


伊勢神宮 式年遷宮に使われた裏木曽御用材(ご神木)の伐採跡地も訪れました。この木は平成17年に使われたご神木になります。切り株には特徴的な「三ツ緒伐り」と呼ばれる伝統的な伐採技術の跡が残っています。これは倒す方向に正確に木を倒すため、木の周囲に支えとなる弦を残し、斧で内部を削って空洞を作ったあとに最後の弦を切るというもの。
一本の伐採に7人が約40分かけ、20年に一度の大切な儀式です。伐採した木の先端は感謝の意を込めて切り株に挿されます。安全を確保するため、倒れる方向に人がいないよう何度も練習を重ねるという話に、伝統の重みと緊張感が伝わりました。

雄大な「高樽の滝」。見ているだけで癒やされます。
今回の研修では、伐採される木の歴史的価値、技術、そして地域の自然環境が複雑に絡み合っていることを実感しました。木曽ヒノキのような千年を超える木材を扱うということは、次世代へつなぐ責任を強く感じました。
日本の人工林は、多くの人の手と時間を経ていることを胸に刻み、これからは一層丁寧に「ヒノキ」と向き合い、世界中の人達にこの日本の宝の素晴らしさを組子技術を通して伝えていきたいと思います。

最後にヒノキとサワラが融合して一本の木となった「合体木」の前で記念撮影。
東京大学、京都大学の先生、学生さん達と共にヒノキの勉強をさせていただきました。
関係者の皆様に感謝です。