3月27日、再度、福島県郡山市へ行ってきました。
今度は、避難所(養護学校)で働く知人のところへ行ってきました。
(他にも昔お世話になった方のところへ行ってきました。)
前回よりは時間の余裕があったので(と言っても判断したのは前日の夕方ですが)水、灯油、食糧を自家用車に満載して朝6時30分に出発。
(出発する前<福島県 浜通り>で「震度4」のニュース。。。)
気を引き締めてエンジンをスタートしました。

前回の福島行きから10日以上経過していますので、状況も良いように変わっているだろうな・・・と考えていましたが、新潟に入って最初の高速道路給油所(名立谷浜SA)、
「ガソリン在庫切れにて閉店」の看板。
いきなりのカウンターパンチ!
「えっ? この段階でもう給油できない?」と不安に思っていたら上越で横殴りの雪。
(この時期に・・? 道路圧雪状態か・・・ )
またまた不安に駆られながら走りましたが、給油所も給油規制しながらも営業していましたので郡山まで何とか走ることができました。
日本海ルート、被災地までの給油状況地図 ↓
(3月27日段階です。状況は変わりますのでご注意ください。)
http://image.rakuten.co.jp/tanihata/cabinet/img58175437.gif今回は高速道路(磐越自動車道)がつながっていましたので、前回よりは短時間で(6時間少々で)走ることができました。
ただし、会津若松では雪が降っていましたし(スノータイヤ着用規制)、給油所もかなり給油制限(2000円までとか、20リッターまでとか)が前回同様ありましたので福島方面に行かれる方はご注意ください。
(大きな余震もあいかわらず続いています。。)
福島に入って最初のSA(磐梯山)でもガソリン給油は可能でした。
ただし、この日は2000円上限(約13リッター給油)で上り下りともかなり行列。。。

また、ドリンク缶(ペッドボトル)関係は水以外もすべて売り切れ・・・。

再度、気を引き締めて現地へ。
PM1時、郡山に市内に入って・・・
前回に感じた<妙な静けさ>はなく、自動車が通常どおり走っていました。

(渋滞を見かけましたが、ほとんどがガソリンを入れるためのものです。)
所々、まだブロック塀や墓石が倒れていたり、壁が崩れ落ちていたり・・・
そうこうしているうちに避難所になんとか無事たどり着き、知人からいろいろな「生の声」も聞いてきました。

綺麗な避難所で100人以上の方が避難しているのですが、屋外は人の気配がなく静かでした。
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■物資について
あいかわらず、
ガソリン(灯油含む)不足が続いています。
ガソリンがあれば物資が比較的豊富な「新潟」まで行くことができるのですが・・
(福島県の位置からみて新潟県がかなり重要な役割を果たしています。)
また、放射能が水道から検出されたということから
「ペッドボトル水」「ポリタンク」「無洗米」「おむつなどの紙製品」が極端に不足しています。
■現地の放射能対策について
・昨日、現地は良い天気でしたが、洗濯物を外に干している家は見かけません。
皆、うちの中で干しているとのことです。
掃除をするときは窓を開けないで掃除している・・・との話しを聞きました。
・小学生くらいの子供の姿は見かけませんでした。聞くと「もう10日以上、外で遊ばせていない・・・」という方もおられるとのこと。。。
・やはりマスクしている方がとても多いです。
車に乗っている方もマスクをしている方が多いようです。(特に女性)
・町内の回覧板を見せてもらいましたが、<畑をやっている方は耕耘機などで土を耕さないように・・・>との記入が。。。
・毎日、<放射能測定値>をアナウンスする車が走っているとのこと。
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■放射能が壊す<普段の何気ない生活>
当然ですが、他の地区の津波被害と違い、放射能被害は目には見えない
(音もしない、臭いもしない)ものです。
大きな火や波が襲ってくれば、人は逃げますが、
平時と何も変わらない状況では人は逃げることはしません。
それが放射能の一番やっかいな部分なのかもしれません。
放射能の「測定数値」から危険を判断するしかないのです。
しかし、放射能の数値を間違って何度も訂正している状況を見ていると
数値を果たして信じていいものかどうか本当に不安になります。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110328-00000718-yom-pol最近の傾向として、県外に待避した人達がまた被災地(避難所)に戻ってきている、との話しも聞きました。
避難所や待避所の生活が(普通の生活よりは)厳しく(親類に気を遣う)、また、先述のように<放射能対策を施しながらも生活している人達>の話しを聞いて苦渋の決断をされているようです。
・有給休暇いっぱいまで避難していたけど、会社から「これ以上休むと他に人を雇うから。」と言われて帰郷する人もいます。
・「私達はギリギリのところで放射能が入った水道の水を飲みながら仕事をしているんだ。なぜ、帰郷しない。」と言われて帰郷した人もいます。
こういう環境ですので会話がギスギスしたものになります。
数年後に起きるかどうかわからない健康被害よりは(政府や関係者は大丈夫と言っているし)
目の前の経済的・金銭的な問題、地元の職場、地域のしがらみの方が強く(もちろん故郷の愛着もあり)
長い期間、地元を離れられない方が多いのも実情です。
(放射能はこわい・・・ でも一時的避難と違い、地元を捨てるくらいの決断ができない・・)
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しかし、
外でランニングをしたり、野球をしたり、深呼吸をしたり、雨の中を歩いたり、海辺で釣りをしたり、裸で海水浴したり・・・
我々が普通にやっている<普段の何気ない屋外生活>を現地でできない状況になっています。。
確かに上記の行動は一時的には健康に問題がないのかもしれませんが、その土地で何十年も住む人が「本当に放射能は大丈夫だろうか?」と常に考えながら行動抑制された生活を毎日続けることができるのでしょうか?
もし、それをやるとしたら相当の覚悟が必要になってきます。
大きなジレンマが発生して多大なストレスも発生します。
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■1+1=2ではない
下記のデータは毎日福島県で発表されている各地区の放射能測定結果です。
http://www.city.koriyama.fukushima.jp/upload/1/2061_sokutei_0327.pdfここの数値から確実にわかることがあります。
原発からの距離により政府は危険度(避難地域)を判断していますが、
原発から遠い地域の方が数値が高くなったり、近い地域が低かったりすることもあるのです。
27日数値、原発に近い<いわき市で0.98マイクロシーベルト/毎時>
郡山市で<3.06マイクロシーベルト/毎時>。
30キロという<線引き>はわからないでもありませんが、その地点で放射能は止まる訳ではなく風向きなどの自然条件、環境により数値は大きく変化するということです。
この点をぜひ政府関係者に理解していただきたいです。
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<電力30%削減提言>
日本中にある54基の原発が、日本の電力発電量の約30%を占めていますが、私はそういう危険な電力を使うくらいなら、生活・仕事に不都合がでても「原発NO!」を言い続けます。
一度オール電化の贅沢な生活をするとなかなか逆戻りできないかもしれません。
しかし、原発のOFFスイッチを押すことができる権利が我々にはあり、
子孫のために、他の国々のためにもそれをやらなければなりません。
「日本人」であるとともに私達は「地球人」なのですから。
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海外の方が「福島原発」に敏感に反応しています。
(福島原発事故を受けてドイツで25万人原発反対デモ)
http://www.asahi.com/international/update/0326/TKY201103260449.html核問題で「ヒロシマ」の次に「フクシマ」が有名になってしまったことに日本人として憤りを感じます。
私を含めて日本人は何を学んだのか・・・。
「無関心」が一番の敵なのかもしれません。
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サマータイム制の導入や節電とともに太陽光、地熱、潮力、風力などの真のエコエネルギーの導入とシステム開発へ・・・
官民ともに日本人の知恵を総結集して<真のエコ大国>として世界に胸を張れる日を目指し、私も微力ながら力を尽くして頑張りたいと思います。
2011年3月11日。
この日を境にして変わることが、亡くなった多くの方々の死を無駄にしないことと信じて。
谷端信夫
※福島から帰ったあとに書きました。
不適切な言い方があるかもしれません。
じつは「差別」も発生する危険があり、書こうかどうか迷いました・・。
ご指摘などありましたらメールをいただければ助かります。
tanihata@abeam.ocn.ne.jp